福島県は地震が少なく安全な県?:リスク評価に関する考察

どうしてもこのことを書かずにはおれない。

福島県が企業誘致のために作成した「福島県企業立地ガイド」http://www4.pref.fukushima.jp/investment/13guide/pdf/2010-sogo.pdf

これの8ページ目には大々的に
「今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率は極めて低いとされ、特に阿武隈高地の地盤は堅固で活断層も少なく、地震に対する安全性が極めて高いと言われています。」
と記されている。

そしてその根拠となっているのが、文部科学省・地震調査研究推進本部が作成した「全国地震動予測地図(2009)」。確かにこれによれば、震度6弱以上の揺れが今後30年以内に起こる確率は福島県のほとんどの地域で3%未満となっており、静岡県や愛知県などに比べると圧倒的に発生確率は低い。その意味では上記の説明は間違ってはいない。

だが、このことは極めて象徴的だと思う。この地震動マップを作成するにあたっては、地震調査研究推進本部が想定しているプレート型地震をすべて考慮しているのだが、東北地方の太平洋側で発生するM9.0の大地震はそもそも想定されていなかったので、マップにも反映されていない。その意味では、今回の地震の発生は、3%の事象が起こったと考えるべきではない。別次元の事象が起こったということなのだ。たとえて言うなら、パチンコで詰まった球を解消してくれた店員が間違えてVチャッカーに球を入れて大当たりするような、そんな感じである。

それで、この福島県のPRについて我々はどう考えたらいいのだろうか。
防災研究者の多くは、福島県を非難することだろう。地震が来ないとたかをくくっていたことが問題だと、そう考えるはずである。だが、私はそう思わない。もともと、この地震動予測地図は、地震学の知見を防災対策に生かすことを目的として作成されている。だからこのマップは研究機関だけでなく全国の自治体にも配布されている。福島県は素直にこの情報に基づき、自らの地域の地震リスクは小さく評価されています、と訴えているだけではないのか。

よく、ハザードマップを安全情報に使ってはいけないと言われる。これはおかしな話である。危険なところを指定するというのは、危険でないか、あるいは危険とはいえないところを指定することと同意である。危険でない、あるいは危険とはいえないところであっても、危険なところと同じように備えることを求めるのであれば、そもそもリスク評価など必要ない。リスク評価を行うことの意味があるのは、危険だというところに備えのための資源を選択的に集中させることができるからである。従って、福島県が自らのリスク評価の小ささをPRして企業誘致を行ったことは、むしろ肯定的に評価されなければならないはずである。

問題にすべきなのは、低頻度高被害型のリスクを評価しようとすると、どうしてもこうした「想定外」の事象の影響を小さくできないという事実である。私が、防災対策において市場メカニズムの導入にやや懐疑的な理由はそこにある。工学的なリスク評価は、前提さえ与えることができればいくらでも計算できる。そしてそのリスクが市場で評価されるような制度を設計すればよい。そうすれば、計算されたリスクのもとで効率的な資源配分を実現出来るはずである。

しかし、与えられた前提の確からしさについては、低頻度高被害型リスクにおいては誰も証明できない。もしその前提が間違っていれば、それはすなわち今回のようにM9.0のプレート型地震が起こってしまったようなケースだが、上記で達成された効率的な資源配分は全く効率的でなかったということになる。実際のところはわからないが、報道によれば東海・東南海・南海地震のリスクを減らすために福島県に工場を立地した企業が多いという話も聞く。それは、実は完全なミスリーディングであったということになるだろう。

このようなリスク評価の限界が突きつけられた以上、市場メカニズムを活用した防災対策の推進など今後本当に正当化できるのか。もちろん、すべてのリスク評価が無意味だというつもりはない。地元の人たちが「あそこの土地は危ない」といった伝承が以外と歴史的にみて当たっているということはよくある話である。経済学者は、市場メカニズムの利点を強調する前に、市場を動かす前提となるリスク評価そのものについてもっと懐疑的になるべきではないか。地震リスク評価に市場を連動させると言うことは、人々に福島県のようなふるまいを期待するということなのだから。

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